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丈六寺血天井幻想 新開氏と長宗我部氏の歴史の実像に挑む

岡幻峰 著/978-4905295150/224ページ/歴史/1,500円(税別)/2012年12月刊

還暦前の定年男が地域の図書館で長宗我部元親の末裔の著した本を掌にするところから物語は始まる。長宗我部元親は、定年男の郷里武蔵国新開郷から四国に渡った新開氏の血流新開実綱(道善)の憎き仇である。阿波の古刹瑞麟山慈雲院丈六寺の血天井には新開実綱(道善)が長宗我部元親に酒宴の席で誘殺された無残な歴史が残る。丈六寺は道善の酒での不覚伝説から禁酒の神様としても知られる。新開道善は酒に溺れた呑兵衛で、長宗我部元親は歴史に残る立派な武将だったのか?

この素朴な疑問から定年男の「新開氏と長宗我部氏の歴史の実像」を探る旅がはじまる。調査段階で読んだノンフィクションに分類される史伝・歴史小説の「創作何でもあり」の世界を知る。歴史自体も捏造、隠蔽、歪曲、改竄の罷り通る世界であることも知る。その中から何とか歴史の実像を追求しようとするが、今に残された史料のみから歴史を解明することには自ずと限界があることにも気づく。

所詮歴史は虚構の世界に過ぎないのか? しかし本物の古典に触れることで何かが変化する。実証史学では計り知れない幻想の世界を垣間見ることになる。

定年男は過去の人々と対話すべく四国に渡る。そこで瓦礫のごとき廃寺と親切な住職に出会う。実在すると疑いもしなかった今の存在は大震災で容赦なく流され、病気や障害も呆気無く人の記憶すら奪う。時間は全ての人間の営みの痕跡すら消してしまう。

虚無を感じた定年男に夜の丈六寺の入道道善の墓標は語ってくれる。人は歴史を知らなくても生きていける。歴史は虚像かもしれない。しかし人が生命の脆さを感じた時、依るべきものは歴史に眠る人々の思いだ。人の思いこそ、受け継がれ、時間さえ超越し、悠久の人類の記憶となれるものだ。

この物語は定年男の実証史学から幻想の世界へと広がる心の探訪の記録である。

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